まとまりのある文章が書けそうにないので箇条書き。
- 最近憂鬱。どうしてかはよくわからない。
- 自分のことは自分でしか救えないという認識がある。自明っぽい。同じように他人は自分のことを救い切ることはできない。勿論他人の助力は救われることの助けになる。
- 自分にとって二次元はあまり救いにならない。可愛いものは楽しい気持ちにさせてくれるが、所詮は画面の中であり触れることができない。レスポンスがないのも辛い。
- 可愛いものとして考えれば現実世界の方が遥かに救われるための手段としては有用なものに思える。アイドルというコンテンツに対して積極的にお金をかけてどうこうしようとまでは思わないが、動画を見たり音楽を聴いたりするだけで癒やされる。乞食というわけではなく、本当に推したい方はいるのでその人のイベントがあったらなるべく行きたいくらいの気持ちはある。
- 若干戻るが、二次元コンテンツ類はアイドルと同等のものであればまだ救われるための手段の一つになりうる。ラブライブがそこそこ好きだった理由はそれがあるのかもしれない。
- アイドルやそれに類するもの(私の中でいえばファッションモデルが当てはまる)を見ると自分もそうなりたいという気持ちが生まれる。これはこじらせた感情とか抜きに自分も当事者になってみたいという単純な気持ち。人がやってるのを見て自分もやってみたいくらいの。が、その実現はまず無理という認識があって、そこの感情はやや辛い。今更といった感情もあるのでわざわざ表に出すこともないけれど。
- 自分に対して何らかの価値を付加して認められたい感情が上記には含まれていると思う。承認欲求。自分の今の価値にはプログラミングというものが大きいと思っていて、それは仕事にも活かされており、認められているのは嬉しい限り。しかし最近はプログラミング以外の価値も付加したい気持ちがあって、けれども自分がプログラミングというものに対してそこそこの時間をかけてきたことを知っているので、それと同じくらいの価値を持つにはそれ相応の時間がかかることを知っている。有限な人生の中で自分の価値を付加することに対してどれほどの時間をかけられるのかみたいなことを考えると色々面倒くさい気持ちになるのと、単純にモチベーション下がる。挑戦したい物事に対して見境なく時間をかけられるほど好きになりたい。
- 煽りでもなく自分がすごいと思わせたいわけでもなく単純に疑問として、自分がリモートワークを駆使したり残業も一切せずに(そもそも発生する環境ではない)時間を切り詰めて、ときには家事も放棄して何かを作り上げようとして必死になって、ようやく自分に対して価値を付加することができているなという実感がある一方、自分以外の人たちはどうやって自分が生きていることの価値をどこで見出しているのか興味がある。この文章何回見返しても「私はこれくらい頑張ってるけどお前は?」みたいな文意にしか捉えられなさそうでアレ。本当に興味で………。
最後の文があまりにも煽り姿勢にしか見えない文章しか書けない自分が嫌になったので今日の可愛いでごまかす。わりとほしい(多分買う)。モノトーンが好きなやつはどうせタタキケンサキも好き(好き)。